傳田流 成功法

日本法人社長は営業所長ではない / ペレグリンセミコンダクターの場合(1)

先日沖電気工業が米国の半導体ベンチャー Peregrine Semiconductor社との提携を発表しました。実はPeregrine社の日本法人「ペレグリンセミコンダクター株式会社」の社長は、以前インテルに在籍し、私の直接の部下だった円子 昭彦氏です。2001年6月の日本法人ペレグリン設立以来、私は会長として円子氏をサポートしています。今回の沖電気との提携は、円子氏がインテル時代に培った米国系日本法人での仕事のやり方が役立ったと思っています。それは、外資系日本法人は本社の業績に貢献するための日本発の戦略が必要だ、ということです。

ペレグリン設立当初、Peregrine本社から日本法人に届いた要求は、同社が開発した高性能のPLLやRFスイッチを販売するということでした。Peregrineが保有している特許「Ultra-Thin Silicon(UTSi)」によって、もっぱら軍事航空宇宙用半導体に使っていたシリコン・サファイア技術を民生量産用半導体に適用できるようになったのです。これによって、低雑音、低消費電力など、従来品と比べて特性がよい半導体デバイスをつくれるようになりました。Peregrine本社は技術的優位性がある製品を販売すれば必ず成功する、と過信していたようです。

しかし、いくら既存の部品を置き換えることができるといっても、PLLなどの単価は200円程度です。日本の顧客への売り込みが成功したとしても売上高は少ないのです。そこで日本法人は、UTSi技術で日本の半導体メーカと戦略的な提携をすることを考えました。

これに対し、日本法人が提案した戦略がすんなりとPeregrine本社で受け入れられたわけではありません。最初は日本法人の提案は権限を逸脱しているとして非難されました。しかし、当時のPeregrine社は、(1)会社の明確なマーケティング戦略とそれに対応する組織が確立されていなかった、(2)四半期ごとに更新する売上高予測が毎回外れていた、(3)過去2年間新規大口顧客を獲得していなかった---のです。

私はこれらの理由から、今後日本の半導体メーカと提携を進めるに当たり、途中でPeregrine本社が日本のメーカに対して梯子を外す危険性がある、という点を一番恐れました。そして私はPeregrine社のCEO交代を要求したのです。

まず円子氏は、Peregrine社の株主に対して日本の戦略を説得し始めました。また社内では米国本社の経営者と同じレベルでPeregrine本社の経営戦略を練り、経営会議でその戦略を説明したのです。円子氏が書いた経営戦略は経営者をはじめとした従業員、そして投資家たちに受け入れられ、最終的には株主投票によって2002年8月にCEOが交代しました。

CEO交代は、日本の半導体メーカと提携するために欠かせませんでした。今回、Peregrine社が沖電気と提携にこぎつけることができた段階のうちの一つです。Peregrine社にはこれまで成し遂げることができなかった、UTSi技術のロイヤルティ収入を得る、ということが実現できました。これによって、円子氏はPeregrine本社から絶大な信用を得ることに成功したのです。

外資系日本法人の社長は、本社から信頼されることが重要です。そのためには、本社に判断を仰ぐのではなく自分で価値判断をし、実績を上げることです。本社の言いなりになるのではなく、否定しなければいけない場合はその否定を受け入れてもらうようにしなければなりません。

私がインテルに在籍していたときもそうでした。日本のパソコン・メーカは不足するCPUを獲得するため当時Intel社長のAndrew Grove氏に直接会って交渉しようとしたときがありました。しかし、私とGrove氏との間では“日本の顧客は日本法人で解決する”という約束ができていたのです。苦労してGrove氏に会ったとしてもGrove氏は「その問題は傳田氏と話をしてください」と答えました。

Grove氏がそこまで私を信頼したのは、8086や80286の最初の顧客は私たちが開拓した日本メーカだったのです。さらに、日本の顧客が要求する品質基準をIntel本社に認めさせることもしました。やがてそれはIntelの世界共通基準になったのです。私たちが考案したマーケティング・プログラム“Intel in it”も、Intel本社が世界共通のプログラム“Intel Inside”に発展させ成功した例です。

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